2017.04.26 06:46|Het werk/ 仕事
ついに11年最後の日がやって来た。マネージメントによる正式な退職パーティ。私一人のための会であったが (その時期に辞めるスタッフがいれば、合同ですることも多いが、同じ時期の退職者がいなかったため)、こんな機会を頂けるだけでも感動。とくにマネージメントトップのMさんには、一旦退職した後に戻って来た時、大いに歓迎してくれた。この職場を離れる今も、その時と変わらず、私の将来を讃えてくれていた気がして、本当に素晴らしい上司と環境に恵まれたなと思う。こんなによくしてもらっては、なんでわざわざ自分から離れることを選んだのだろう、とさえ思う。第2の家族のようなスタッフがたくさんいるホテル。ここで出会ったお客様やスタッフは、自分の人生の財産となるだろう。いつかまた、客いう立場で、食事や待ち合わせなどで訪れるだろうけれど、そのときにも同じスタッフがそこにいてくれることを期待してしまう。少なくとも、同じ精神で貫いて来たサービススタンダードを継承していってほしい。
今まで本当にお世話になりました。ありがとうございました!
2017.04.11 22:44|Het werk/ 仕事
 先日、アムステルダムでは11年、神戸で4年、合計で15年のホテル勤務を終えました。
アムステルダムで勤務していた11年間は、フロントと料飲のオペレーション業務。子供が病気になったり、子供の行事が入ったりすれば、すんなりとシフトを変えてくれる、柔軟な職場であったし、すごく働きやすかった。でも、不規則な時間帯の勤務や、週末の勤務は外せず、子育てをしながらだと家族と時間が合いにくい。自分を試したくて、また会社のためを思って、日本語のワークショップを提案・企画し、スタッフに正しい日本語の挨拶の仕方(日本の本社で使われているような、正しいおじきや名刺交換も含めて)を教えた。この件で社内の賞ももらったことで、より自分にも自信がついた。その少し鍛えられたプレゼンテーション力、コミュニケーション力を生かせるような仕事をひそかに探していた。
しかし、11年のあいだに、結婚や出産、引っ越し、子育て…あっというまに時は流れていった。去年になって、主人の仕事にも変化があり、このままいっそう日本に家族皆で帰ろうかと思ったこともあった。でもここで帰るのはあまりにも中途半端すぎる。自分はこの11年で何をしてきたんだろう?
そう思い始めていたときに、主人のオランダでの転職が確実になり、その数日後、運がよかったのだと思う、たまたまある求人に目がとまり、これは!!まさにわたしが探していた仕事!と思うものだったので、すぐにCVとモチベーションレターを送った。翌日に返事があったときは、少しだけだけど手ごたえを感じた。そして、とんとんと話が進み、メールで「採用」の内容を受け取ったのは、面接のあった当日の午後6時。台所に立っていたけれど、あまりにびっくりして力が抜け、床に座り込んで呆然としてしまった。そこに旦那と子供たちが駆けつけてくれた。とりあえず、4人で肩を組みあって、「よかったーーー!」を連発しながら。「なにがーーー?!」という子供たちに「とにかくよかったーー!!」。
ホテルの職場で、経営陣にもオフィシャルに公表になったとき、すべての同僚に打ち明けられる開放感を覚えた。"Ik ga weg van hier!" 少しずつ伝えることにした。そしたら、その伝えた同僚と話すこと5分。伝えるだけでこんなに会話が生まれるなんて。というか、わたしはこれを何人のひとたちと交わすんだろう。
伝えなければ、というか、「伝えたい」同僚が山ほどいることに、このとき気づいたのだった。
そのとき、残りの勤務日はあと2日…、到底、全員に顔を合わせて話せるわけがない。平日はできるだけ各オフィスに顔を出そうとしたが、従業員食堂だけで十分すぎるほど、伝えたいひとに会ってしまうのだった。最後の日は、辞めると言っている自分が信じられないくらいだった。相手に驚かれ、なぜか自分まで驚いていた(笑)。本当に、わたしは辞めてしまうのか?
この日、わたしはカウンターに立っていて、そこに不定期にご利用いただいている某日系企業の日本人のお客様数名がいらした。思わずそのお客様たちに、「○○様(お客様の名前)、じつはわたくし今日でホテルでの勤務が最後でして…」と切り出した。すると驚いた表情でこうおっしゃった。
「え!…あら~、もったいない。」
長年働いていたキャリアを失うことがもったいないということか。うぬぼれれば、このホテルにとって、わたしがいなくなることが残念だ、ということなのか…。自分の中では、長年の勤務のせいで辞めることがもったいない、という感覚はまったくなかったので、正直不意をつかれた気分だった。そうか。わたしはもしかしたら、もったいないことをしたのかもしれない。いままで、たくさんのお客様に出会い、笑顔をもらい、ときには要望の多い方にも、できる限りそれに近づくように努めてきた。普通では会えないようなV‣VIPが普通にホテルを利用していることに心が躍った。レギュラーのお客様の名前と顔はできるだけ覚えるようにしていたし、どこに座って何を注文するかも把握していた。たくさんのお客様が、わたしの名前も覚えてくれ、笑顔を返してくれた。とあるお客様は、子供たちのために服を定期的に送ってくれたし、家族ぐるみでお会いしたこともあった。
接客業って、目に見えないけれど、お客様がそのホテルに来て、家に帰ってきたような、ほっとする環境を作ることが大切だと思っている。だから、極端すぎないプライベートな話もするし、サービスするときはプライドを持っておもてなしをしてきた。このホテルには、そういう同じ考えでポジティブに働いているひとが多く、どの部署もよいチームスピリッツを作っていた。自分はこのホテルが大好きだったなぁ~、そう思うと、家に帰ってきてシャワーをあびながら、涙があふれてとまらなかった。新しい仕事は挑戦で楽しみだけれど、それはつまり、いまの職場にある大切なひととの時間をもう共有しなくなることでもある、と。
いまはまだ、いろいろな気持ちが交錯しているけれど、今週から休みをもらった分、少しずつ気持ちを切り替えていこうと思う。あとは、部署内の飲み会と、マネージメントからのフェアウェル・レセプション。ここでは晴れ晴れと皆にさよならが言えますように!
2015.01.05 00:43|Het werk/ 仕事
 謹賀新年 2015年 明けましておめでとうございます!!

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


例年のごとく、お隣りさんからオリボレンをいただいた。今回はお返しに筑前煮と赤飯(使った豆は黒い小豆だったけど)をあげたら喜んでくれた!日本を離れているからこそ、日本食を作る楽しみがあるものだ。日本の文化をオランダ人に紹介したり、興味を持ってもらうことって、自分にとってはこれとない幸せを感じる。オランダ全体から見れば、0,1%程度に過ぎない、日本人の割合だけれど、ここで、たとえ些細なことであっても、少しでもひとにそれを伝えられれば、それは素晴らしいことではないか、と思う。

仕事場のホテルで、10日間ほど泊まっていらっしゃった年配の女性のお客様(日本人、仮にSさんとしよう)がいた。出会いは、大晦日少し前に職場のホテルで家族で食事をしていたときに、Sさんから話しかけられたことがきっかけである。ソラチェを抱っこしていて、たまたまトイレから戻ってきたときに話しかけられ、そのかたの娘さんのこと、住んでいる国、スイスのことなど、ずいぶん長く話すひとだったので、適当に切り上げて席に戻った(笑)。なんか話が長いひとがいてね、とsatotjeに話し、そのまま声もかけずレストランを出た。

翌朝の元旦からの出勤。いつものごとく、200名ほどのお客様をさばいていたら、そのなかになんと、そのとき話しかけられたSさんが目の前に現れた。「泊まってらっしゃったのですね!わたし、先日レストランでカウンターでお話していた・・・」と話すと、しばらく考えて「あ!」と言われた。制服を着ていたらまったく気づかなかった、という。しかし、「話が長い」かたなので、こちらからはまったく話かけず、そのあとも、何度か話かけられたけれど生半可で聞いていた。

そのあとも、お部屋の前で偶然出会ったので、「こんにちわー」と話かけたのが始まり。「どうしよう。(一緒に泊まっていた)娘に逃げられちゃった。」と突然いわれた。「え・・・!それは、、大変ですね。。」そのあとあまり返す言葉もなく・・・ついでに、といった感じでいくつか質問され、(部屋の清掃を入れてとか、コーヒーマシーンの使い方とか)一緒に仕事している同僚に呆れられながらもつきあっていた。でも、どんな事情であれ、娘さんが部屋から出ていって、もう帰ってこないなんて、かなり複雑な関係なのだろうか。Sさんも涙ぐんで話すので、こちらまで参ってしまった。

そして今日。忘れかけていた頃にSさんは朝食のためにロビーに現れた。帰り際に、また話かけられ、今度は「あの、マッサンをJSTVで見たいんだけど、どうもねー、やってないみたいなのねー。」などのくだらない(笑)質問から、あれこれ話かけられ、もううんざり気味だった。そんなときに、オランダ人の8歳くらいの女の子がわたしのところへやってきて、受付においてある折り紙のボールと鶴の折り方を教えてくれ、と言ってきた。ボールは、同じかたちのものを12個作って組み合わせていき、ボールにするもので、これは昨日その子の弟くんの分もあげていた。だから、そのときは鶴を一緒に作ってあげた。ロビーに座って、わたしもかがんで一緒に。すると、それまでロビーで寛いでいたSさんが、また全然関係ないことを話しかけてきたけれど、しばらくすると、わたしにかわって折り紙を教えてくれた。そのあいだ、わたしは別の仕事に没頭できた。じゃ、ちょっと難しいから「猫」を折ろう、といって猫を折り、顔を描いて楽しそうに笑いながら作っていらっしゃった。そこに娘さんを待っていたご両親もやってきたので、わたしも最後に少し話をして、そのご家族はそのまま部屋に戻っていった。折り紙は日本の文化の誇り高き芸術である、が、わたしが言いたいのはそれではなくて、それをオランダ人の小さな女の子に伝えられたこと、そしてそれ以上に娘さんのことで落ち込んでいるSさんが楽しそうに折り紙を教えていたこと、そのタイミングがあまりにも感動的で、仕事をしながら涙をこらえるのが精一杯であった。女の子が去ってから、Sさんがまた話かけてきたけれど、そのときは心底から嬉しそうな笑顔が見れた。ひとがこうして、ちょっとしたきっかけで幸せそうにしている姿をみると、本当に嬉しくなる。自分は何もしていないけれど、Sさんがロビーでのこの体験が、娘さんとの関係に少しでも明るい光を差し込むことができたならいいな、と思う。

明日ご出発でスイスに戻られるそう。毎年来ていて、また来年も来るっておっしゃってたけど。どうぞ、お気を付けてお帰りください。

どんなことであれ、自分が感じるそんなささいな幸せを、もっと大切に、敏感にくみとって、今年は生きていけるといいなと思います。

さて、我が家の今年の目標は?
ミレチェ:小学校入学。にじいろ会αスタート(?)。opstapje(オランダ語でのコミュニケーションをサポートしてくれるサービス)で楽しく学ぶ。
ソラチェ:つかまり立ち。歩く。走る。
ママ:オランダ語は毎日知らない単語や表現を見つけて書き留める。新聞は読み続ける。読書。ピアノ。なんかスポーツもせな!!
パパ;・・・なんでしょうかね?笑 やっぱり写真?

まとまりない文章ですみません。24時間ママ業をしていると、常に時間が足りず、文章の校正ももったいなく感じます、が、とりあえず書きたくて仕方ないことは多々あるので、ここでなるべく吐けるようにしたいと思います。笑 どうぞ、お手柔らかにお付き合いください(^^♪ 本年も皆さまにとってよい一年となりますよう!







2013.01.31 00:10|Het werk/ 仕事
父が、今月をもって大学での建築に関する講義が終了するらしい。教壇に立ったことのない(はず?)の父が、60歳を超えて初めての挑戦。最後の授業では、学生たちに、ある建築の模型を作らせ、プレゼンテーションをさせると言っていたけれど、うまく進んでいるのかな。

世の中には、いろいろな職業をもつひとがいるけれど、自分はなぜホテル業を選んだのだろう、と思うことがある。もとはといえば、大学の就職課で神戸の一流ホテルの求人が出ているのを「偶然」見つけ、それに「たまたま」応募したことに始まる。でもそれが今思えば運命の出会いだったのかもしれない。就職説明会で、1000人近くいる学生たちに混じって説明を聞いているうち、ほかの会社にはなかった、人事課のひとたちの人柄や社風に一気に惹かれて、その晩、徹夜して面接の準備をしたんだっけ。笑 だから、このホテルに就職が決まった時はこの上ない嬉しさで友達と泣きながら喜んだのをいまでも覚えている。

新・社会人になってからはこの会社で順風満帆に行くものだと信じていたけれど、手探り状態で始まったポジションで、何度も行き詰まり、辞めたくなってしまった。ホテルのこと、お客様のことを考える余裕なんて、これっぽっちもなかった(当時、泊まっていたお客様の名前なんて、ほとんど覚えていない)。アムステルダムに来てからも、自分が望んでいるポジションをもらえなかったり、ほかの同僚やお客様ともスムーズにコミュニケーションが取れなかったりで、たくさん悩んできた。というより、前にもうしろにも進めない仕事場の自分が嫌で。

今回、出産後にまた同じ職場に復帰してみると、ずいぶんと以前(1,2年前)と変わってきているように感じる。とくに大きく変わったと思えることは、部署内でのミーティングや、人事課による研修などが頻繁に行われるようになったこと。そこに、マネージメントのメンバーも加わることで、緊張感も高まり、現場での意見がより早く的確に伝わることも大きい気がする。研修をこなすことで、自分自身の成長にも繋がる。仕事って、ほとんどがただ毎日同じことの繰り返し、なんだけど、そのなかでも、少しでも疑問を抱く箇所があれば、どんどん意見を出し合ってよい方向に変えていくことは、お客様への満足度も比例して高くなっていくはずなのだ。ホテル全体で、社員が一丸となって盛り上げて変えていこう!という雰囲気が伝わってくる。

どんな小さな、つまらない仕事でも、見方を変えると大きな仕事になったりする。ホテルの朝食で言えば、ただ朝ごはんを食べてもらうだけではない。フロントで言えば、ただ部屋に泊まってもらうだけではない。「またここに帰って来たい」と思ってもらえるサービスとはなにか。お客様のかゆいところに手が届くサービスをするには、どんな細部にまで目配り、心配りをすることが大切なのか…そういったことを学べるのが楽しいと思うのは、やはりホテルの仕事が好きだからなのだろうか。

結局、いつもどおり全然まとまってないけれど、だらだら書いてみました。笑 
2012.11.20 21:11|Het werk/ 仕事
久しぶりにホテルでの仕事について。今日は、ここ1ヶ月で新しく入った、いわば新入社員を集めてのオリエンテーションの日で、職場復帰したわたしもそれに参加することになった。

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休憩時間に一枚撮ってみた、オリエンテーション風景。

人事課にいる、社員教育のためのトレーニングマネージャーが進行・講義を進め、各部署(料飲、宿泊、セキュリティなど)の部長がホテル紹介し、そのあと実際の現場を見て回る。もちろん、前から知っている自分の職場だから、知識としてもある程度あるつもりだったけれど、こうして新しい視点でものを見るのも大切なことだと感じた。それに、いまのこのホテルが、どう変わっていこうとしているのか(実際この5,6年でかなり変わった)、変わっていきたいのかなどのビジョンも少し分かった気がする。ただ毎日意識せずに仕事をこなすのではなく、こうして全体のことを知り、考えながらすると、モチベーションも変わってくると思う。8年前に入社したときは、こんなオリエンテーションはなく、ほかのスタッフの顔も分からないままスタートした。スタッフに、はじめに会社のことを知ってもらい、また自分もその会社でどう成長していきたいのかという目標をはっきりさせることは、長く仕事を続けるために重要なことだと思った。

今回、同じく参加したスタッフは、オランダ人四人、メキシコ人一人、タイ人一人、そしてわたし日本人一人。このホテルには、15カ国以上の国籍のスタッフが集まっている。いろいろな国のひとと、ひとつの建物のなかで知り合えるのは、このホテルならではの醍醐味。スタッフしかり、お客様も多種多様。子育てから離れて、急にたくさんのひとと会うと疲れることもまだ多いけれど、ここに来れば普通では触れ合うことのできないひとたちと出会える。そしてお客様にもそう感じてもらいたい…。戻ってきて、やはり自分は「ホテル」という場所が好きで、そこで働くことに楽しみを見出していられるんだ、そんなふうに思う。

ところで先日、facebookで日本の友人が告知していたのだが、自分がテレビに出るので見てほしい、とのことだったので見てみた。(それにしても今の時代、日本のTV番組もほとんど一日程度の時差で見られるのがすごい!)

ガイアの夜明け 働き方が変わる2 働くママが日本を変える

USJの人事課で仕事をしている友人。USJでは、年齢・性別問わずアルバイト求人を出していて、採用の仕方もユニーク。そのひとに合った適所を見極め、満足度も高いようだ。日本には、働きたくて探しても見つからないという既婚女性が342万人いるという。結婚して子供が生まれると、再就職の道がまだまだ厳しいのが現状だが、日本も少しずつ、雇用の仕方が変わっていけるのではないか、そんな期待感が膨らむ番組であった。Ryoちゃん、教えてくれてありがとう&お仕事これからも頑張って!
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プロフィール

 nijntje 

Author: nijntje 
FB上では幸せいっぱいの家族やプライベートのことを書いています。
このブログでは、ちょっとした愚痴ばかり書いています。笑

生まれ住んだ神戸をはなれ、仕事のため来蘭し、かれこれ12年目。2011年夏、アムステルダムから郊外のAlmere(アルメーレ)に引越し。まもなく長女、Miretje(ミレチェ)が誕生、その2年後にSoratje(ソラチェ)も加わり、4人でにぎやかな毎日を送っている。



gechereven ook in het Nederlands(written in Dutch as well as Japanese)



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