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大戦時の強制収容所を見て・・・

2006.05.19 20:46|Buiten het NL/ オランダ外


ぼちぼちですが、ベルリン旅行記続けます。


duitsland  duitsland


ブランデンブルク門に到着する手前の通りわきに、コンクリートの塊が整然とならんでいるのを見つけた。なんだろう、これ? 興味津々でなかに入っていった。はじめは笑顔であった私たちも、奥に入っていくにつれて何か一度入り込むと抜けられない、そんな恐怖感を味わった。3m近い高さのコンクリートに囲まれてしまったのである。なにも調べずに入り込んだわたしたちは、後からここがユダヤ人犠牲者の約3千の石碑だったことを知った。


渡蘭すれば、ドイツのヒトラー時代の歴史を知っておきたい。そう思っていた。アムステルダムではアンネ・フランクの家ですこしその実態も知ることができるが、ドイツへ行けば、ユダヤ人収容所も実際目で見たいと考えていた。第二次大戦当時、ドイツには無数の収容所があったという。ベルリンには記念館として残っているザクセンハウゼン収容所があり、ここを訪れてみることにした。


Zoo(ツォー)駅から電車に乗ること1時間(一日券、ABC区間で行ける)。Oranienburg(オラニエンブルグ)駅からバスで10分、または徒歩で20分。徒歩でも、標識は出ているので迷うことはないだろう。正面はモダンなつくり。



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ここからなかに入り、しばらくすると鉄の門扉にでくわした。ここに書いてあったのは・・・


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「労働は自由をもたらす」 実際にはそうではなかったが、ここに収容された人たちの願いだったのだろう。そういえば、日本語で言うアルバイトは、このドイツ語の"Arbeit "から来ているんだなあ。この奥にみえるのが慰霊記念塔。


ここからの収容所は扇型に広がる。1936年に建てられたこの収容所は、約10万人のユダヤ人や反ナチス政権者、ソ連の捕虜軍たちが、のちには収容され、強制労働をさせられたうえに、餓死・病死したり、ガス室へ送り込まれ窒息死したりした場所だ。生き残った人間のはほんの一握りだったそうだ。


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実際のガス室や死体焼却炉、銃殺場、そして生体実験台などもそのまま残されており、見ているだけで手に汗を握った。収容されたひとたちの点呼場所として、かつ処刑者の見せしめの場所としても使われた芝生の広場がそのまま残されていた。その地を踏んだわたしはなんだか足がすくんでしまった。こんな処刑所、収容所が、ここザクセンハウゼンをモデルにしてドイツ中に無数に建てられたとは。


ここを訪れていたのは、わたしたちのような観光客以外に、ドイツ人の中学生、高校生が非常に多く、彼らと一緒に館内をまわっていた。60年前の歴史を目にした彼ら、彼女らはどんな思いでこの場を後にしたのだろう。気温25度、快晴だったこの日とは裏腹な当時の残虐さが、わたしにはぎゃくに浮き彫りになって見えた気がした。


written in english↓

This was my first time to go to a concentration camp of Nazi era. I have read a couple of books and watched movies about Nazi before, but I've got a different feeling since I've been there. What we have to remember is we can never leave the same thing in our history! The generations has been changed, and the time will come that nobody has experienced the World War 2. Every nation all over the world should know the fact which is written and left in here and take over to the next generations. I also someitmes watch on TV about what Japan did in the era. Germany and Japan corporated each other and we also killed a lot of Chinese and Koreans who had nothing to do with this war.  We can never ignore and forget this evidence and terrible history.

コメント

ドイツ紀行について

私も留学中、ワシントンDCで
ナチスドイツの資料展を17歳のときに見ました。

今でも実際にユダヤ人たちを収容所まで
運んでいた列車の一車両の中に
入ったときに感じた冷たく、そして
かび臭い異臭と、そこに残存している
霊気(冷気)を感じたことを
未だに強く記憶しております。

その車両の中には、実際に奴隷状態の
人々が履いていた靴(中には小さなもの)が
ボロボロの状態で真っ黒い丘のように
山積みにされておりました。

アンネ・フランクの遺品や
実際の日記も拝見しました。

ナチスドイツが実際に行った
人道を逸する数々の人体実験の記録、
そして拷問の末に人間としての
尊厳をことごとく奪われた人々の肉体と
表情をとらえた写真の数々は
私の心にさまざまな感情を芽生えさせ
ました。

日本兵の行った満州での犯罪的奇行を
ドイツ政府のように日本政府も謝罪の
姿勢で実際に起こった歴史であるのだと
我々に伝えるべきです。

貴重な資料をUPしていただきまして
ありがとうございました。

ドイツは過去の歴史を「そのまま」残そうという姿勢がよく見えました。テレビや映画でも、それらを取り上げた映像や番組が多く、わたしたちでも身近に取り入れることができます。ここオランダでも頻繁にその歴史を振り返ることができるようになっています。

日本でも広島、長崎の原爆の日や終戦記念日だけにとどまらず、満州や沖縄などで起こった歴史をもっと知ろうとする、また残していこうとする姿勢が必要なんだと思います。

かなーちかさん、次回ののRoretaの集まりにはわたしも参加できるといいなと思っていますので…またその日が来るのを楽しみにしています!

参考になりました

nijntje さん初めまして。
ザクセンハウゼン収容所のことを調べていまして、こちらのブログに辿り着きました。私は今月の中旬頃にドイツに行きます。その際ザクセンハウゼン収容所に行こうと考えていまして、場所など参考になりました。この時にはアウシュビッツにも行きます。

アムステルダムにあるアンネ・フランクの隠家にも2005年に行きました。アンネの気に入った写真などが飾ってある部屋では心がずしりと冷静になりました。印象深かったです。

soraさん

はじめまして!コメントありがとうございますザクセンハウゼンはベルリンの郊外にあるので、行き方などは事前に調べておいた方がいいですよ。書籍などを読んで関心をもたれているようですね。アンネフランクの家は、内容は知っていたものの、事実を目の前にするのが怖かったです。こういった歴史を繰り返してはいけない、そういうことにわたしたちそれぞれが気付くべきです。

春のご旅行、楽しんでくださいね!
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プロフィール

 nijntje 

Author: nijntje 
FB上では幸せいっぱいの家族やプライベートのことを書いています。
このブログでは、ちょっとした愚痴ばかり書いています。笑

生まれ住んだ神戸をはなれ、仕事のため来蘭し、かれこれ12年目。2011年夏、アムステルダムから郊外のAlmere(アルメーレ)に引越し。まもなく長女、Miretje(ミレチェ)が誕生、その2年後にSoratje(ソラチェ)も加わり、4人でにぎやかな毎日を送っている。



gechereven ook in het Nederlands(written in Dutch as well as Japanese)



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